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朝日新聞の天声人語に掲載されたのは1999年のことです。

■朝日新聞 1999年6月6日

天声人語

 食堂のテーブルに、さまざまな楽器が並べられた。カスタネット、ハンドベル、トライアングル、太鼓、マラカス、おもちゃの鉄琴。けん玉やアルミの食器まである。

 十人ほどのお年寄りが集まってきた。若い作曲家、野村誠さんは、この半年、横浜市の特別養護老人ホーム「さくら苑」に通って、お年寄りと一緒に作曲に取り組んでいる。ホームの愛唱歌「わいわい共和国のんきぶし」ができあがりつつあるところだ。

 歌詞は、前回からのつづき。「にこやかに」がいいね。「ほがらかに」がいいよ。両方入れよう。こんな具合に作詞がすすむ。メロディーも同じやり方だ。気に入った楽器をてんでに吹いたり、たたいたり、こすったりしながら、だれかが口ずさんだ一節をみんなで吟味してつなぐ。

 作曲途上の曲は民謡のようでもあり、ラップのようでもある。野村さんはプロの作曲家なのに指示も指導もしない。「あ、すごくいいな」「次、どうしましょうか」などと、時折、口をはさむだけだ。

 「さくら苑」では、心身の活性化のためにいくつものグループ活動をしている。「そのなかで、このグループの仲間がきわだって生き生きしている」と苑長、桜井里二さんは不思議がる。一人ひとりの力が引き出される。ぼけ防止や健康維持などの手段としてではなく、音楽そのものを楽しんでいるからでもあろう。

 野村さんは、留学先のイギリスやインドネシア、日本の各地で子どもたちとの作曲や演奏を重ねてきた。譜面に頼らずほかの人が出す音を聴きながら自分も音を出す。そういう演奏では脱線や創造的なまちがいが次々に起こる。それにわくわくさせられる。

 一方が作品を送り出し、一方は鑑賞する。芸術家と市民のそんな関係を、創造を対等に楽しむ関係へと変えていきたい。野村さんの小さな試みには、実は大きな野望が秘められている。

  • Old People’s Home Remix #1

  • Hokusai Manga Quartet

  • Pasca Belhamasca

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